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コラム

医師の仕事は、いつから「診察」より「記録」が重くなったのか

違和感の根っこ

前回のコラムでは、患者として医療の現場で感じてきた違和感について書きました。
今回は少し視点を引いて、その違和感がどこから生まれているのかを考えてみたいと思います。
結論から言えば、
診察よりも記録が重くなったのは、誰かが怠けたからでも、医療が間違った方向に進んだからでもありません。
むしろその逆で、医療を安全に、丁寧にしようとしてきた結果だと思っています。

昔の医療が「楽だった」わけではない

まず前提として、「昔の医療は楽だった」という話をしたいわけではありません。
医療は常に忙しく、責任の重い仕事でした。
ただ、ここ数十年で変わったのは、「医師に求められる仕事の範囲」です。
診察だけで完結していた時代から、
診察の前後に行うべきことが、少しずつ、しかし確実に増えていきました。

診察の外側に増え続けた「やるべきこと」

今の医療現場では、診察そのもの以外にも、「詳細なカルテ記載」「説明内容や同意の記録」「多職種との情報共有」「継続診療のための引き継ぎ」といった作業が求められています。
これらは、どれも「余計な仕事」ではありません。
患者の安全を守り、医療の質を保つために、必要とされてきたものです。

記録は、医療の「安全装置」になった

医療において、記録は単なるメモではありません。
「何が行われたのか」「どんな判断がなされたのか」「どんな説明があったのか」を後から確認できるようにするための安全装置です。
だからこそ、「書かなくていい」「簡単でいい」とは言えません。
むしろ年々、求められる正確さや網羅性は高まってきました。

IT化は、仕事を減らさなかった

電子カルテやITの導入によって、「これで医師の負担は減るはずだ」と期待された時期もありました。
実際、紙は減り、情報の共有はしやすくなりました。
ただ同時に、入力できる項目が増え、書けることが増え、求められる情報も増えたという側面もありました。
技術が進んだことで、仕事が減ったというより、仕事の“形”が変わったと言った方が近いかもしれません。

医師の仕事は「診察+記録」になった

今の医療では、診察が終わっても仕事は終わりません。
診察と記録は切り離せない一つのセットになり、しかもその所要時間は、診察時間だけを見ていては分かりません。
時間は有限です。
その中で、診察と同じくらい、あるいはそれ以上に、記録が重く感じられるようになったのは、自然な流れだったのだと思います。

これは、誰かの努力で解決できる問題ではない

この状況は、医師一人の工夫や努力で解決できるものではありません。
医療機関だけの問題でもなく、患者の要求が過剰だからという話でもありません。
医療を安全に、丁寧にしようとしてきた結果として生まれた構造です。

だからこそ、単純な解決策では足りない

「もっと速く入力できればいい」「音声入力を使えばいい」という工夫が役に立つ場面も、もちろんあります。
ただ、それだけでこの問題が解決するとは思っていません。
なぜなら、問題は「入力の速さ」ではなく、診察と記録の関係そのものにあるからです。
では、この構造の中で、技術は何ができて、何をすべきではないのか。
次回は、私たちが「全部自動化する医療AI」を作らなかった理由について書きたいと思います。